2014年9月6日土曜日

H26年夏合宿 後編 ~聖なる頂、光る頂 そして終局~


こんにちは、2年為村です。今回のブログは前回からの続き、H26年度夏合宿最終章です! 一部小説のような口調の部分も多々ありますが、最後まで読んでいただければ幸いです。



~前回までのあらすじ~


――二週間に及ぶ南アルプス縦走に挑む法政ワンゲル現役部隊。最初の百名山・3000m峰となる仙丈ヶ岳はあいにくの天気。翌日、「ここ数年晴れがない」と言われ畏れられていた甲斐駒ケ岳は、なんと視界良好の晴天であった。私は素直に喜びながらも先行きに不安を感じた。翌日BCとなっていた北沢峠を後にして、白根御池小屋へ。途中で直近のOBと出会い、パワーをいただいた。今回登った最高峰の北岳は霧がかかった暴風。集合写真は雨具の色しか分からない状況であった。間ノ岳も大差なく。しかし、天気は我々には制御できない。是非に及ばず。その後もすっきりしない天気が続き、雨具がユニフォームと言っても過言ではないと思い始めた塩見岳への道…それは突然射してきた。


「う……。なんだ、この光は…」

「これは、日の光ぞ!」

「なんと!」


それは甲斐駒ケ岳の日以来の日差しであった。その後青空が広がり始め、塩見岳山頂に到着した頃にはすっかり夏山らしくなった。久々にユニフォームを着て写真に納まる。晴れると気分が良くなり、なんでもできるような気がする。その日私たちは、およそ10時間に及ぶ今合宿最長の行程を成し遂げた。しかしその日、下山予定の易老渡の登山道崩落の報を耳にする。それ以降何度も上級生で打開策を話し合うことになる。翌日三伏峠にて、遠藤が特殊任務(HOOP)のために離脱。彼女の成功を祈りつつ次の山へ。途中荒川小屋にて崩落の情報がフェイクである可能性が濃厚となった。とりあえず最大の危機は去った。三伏峠~赤石岳に至るまではすっきり晴れることこそ少なかったものの、雨が降ることはほとんどなく、快適な登山ライフを送った。赤石岳に登った午後、百閒洞山の家にて夕立に遭う。氷の粒らしいものが降ったり雷が近くに落ちたりするなど激しい気象現象であったが、「これぞ夏山」と鼓舞する声が大きかった。しかし、天気図を書いていた私は先行きに不安を感じる――


※ちょっと誇張表現も入っていますが、だいたいこのような感じです。




22日、百閒洞山の家にて

私「あぁ、やっぱり…渡邉さん、この天気図見て下さいよ」

主将「うん、太平洋の高気圧弱いねぇ、こりゃ雨だわ」

私「そうですかねぇ、前線は去ったので、曇りの相場だと思いますが…そうだ、久保君にも聞いてみよう。久保君、これどう思う? 私は曇りで、渡邉さんが雨予報」

久保「えっ、雨の要因去ったから晴れじゃない?」

私「…天気をかじっている三人がこれじゃあ明日の天気に確証が持てないな(゜_゜;)」


日が明けて…


私「雨降ってないけど、星も見えないから曇りだ、まずは予報通りかな?」
しかし、歩きだして30分程度で雨が。仕方なく雨具を取り出しました。結果からいうと、この日の天気は朝夕一時雨で、基本的には霧がかった曇りでした。地理学科の意地…といえるのでしょうか。道中風が強く、体温を持っていかれました。
兎岳で意気消沈している筆者 いやぁ、寒かった

聖岳に向かう道中の兎岳避難小屋に一時避難。ここは避難小屋らしい避難小屋でした。しかし、中は意外と小奇麗(土足範囲が狭かったため写真は撮りませんでした)。
見た目に寄らないものですね

20分ほどでしたが風を避けることで体力が回復したので行程を再開。

浮かぬ顔の神埼君 気持ちは痛いぐらいわかります

霧がかってピークを中々拝めないですが、先があると信じて登ります


登っている最中に強く感じたこと…それは、

「赤石岳より赤くね?」

ということです。特にコルの周辺でレンガのような色の石が敷き詰められていたのです。残念ながら写真はありませんが、多分赤石岳より赤石しています。
風と寒さに苦しみながらも聖岳山頂に到着。さすが聖なる頂きを冠する名だけあり、雲海が上にも下にも見えてその間がやや黄色っぽく明るくなっているような幻想的な景色が一瞬(ここ重要)見えました。今合宿最後の3000m峰。あいにくの天気でしたが、達成感は格別です。

野呂くん「南斗鳳凰拳奥義!」

戸口さん「天翔十字鳳!」

良い被写体精神の渡辺晃平君と望月さん うらやましいです

その後は下山し、聖平小屋へ。
聖なる名を冠するだけあって、小屋は非常にキレイでした

そしてなんと、ウェルカムフルーツをいただきました!

疲れた体を心からほぐしてくれるおもてなしでした

私は聖なる頂きを冠するTシャツが非常に欲しかったため、買いに走りました…が女性用サイズしかありませんでした。しかし私はどうしても欲しかったため女性用Lサイズを買いました。3サイズには自信があったので(ドヤッ) ←結果的に見事に着こなして見せました☆
夕方雨がぱらついたような気がしますが特に記憶にございません。


24日、この日は聖平小屋から光小屋へ、コースタームは9時間45分と長丁場でした。まずは上河内岳へ(正確にはトラバース)。あいにくの天気にはもうすっかり慣れました。去年は雨具の使用が少なすぎて普段着ることのほうが多かったのですが、今年はがっつりレギュラーです。
霧のせいで写真撮っても何が何だか分からないので掲載しにくいのがブロガーにとっては辛いですね。上河内岳を通過してから茶臼岳へ。
梅干しを食べたような表情の中山君 

和やかな表情で映る鈴木君、雪は降っていません

茶臼岳をあっという間に通過して、明日下山する時にも通る易老岳分岐へ。途中でちょっとした海外遠征にも行ってきました。

私のイメージでは周りはこんなに鬱蒼としていないと思うのですが、まぁ、こう書いてあるので

標高が低いため周りは樹林帯なので、雨風もほとんど気にならないのが非常に嬉しいですね。

こういう風景は心が安らぎますね、雨も止んでいたので快適でした

そして、運命の分岐へ…
ここは一応易老岳なのですが、もはやただの分岐です 看板なければ気づかない方も多いのでは

易老渡から光岳への道は細かなアップダウンがしばらく続いた後に急登が待ち構えています。

長い行程のためか、みんな疲れているようです

ここからいざ急登。この急登は半分ロッククライミング感覚でした。写真を撮る余裕が無かったのでしょう、見返したら一枚もありませんでした。経験豊富な久保くんの「二度と行きたくない登山道ベスト3」にランクインするほどなので想像に難くないでしょう。

急登終了直後の風景、のどかですよね 

上の写真の場所に水場があり、汲んで行こうか迷いましたが、急登の直後で心身共に疲れている状態で5キロ追加は嫌だったので諦めました。


ここまでくればあと少しです、前方に光小屋

そしてほどなくして光小屋に到着。時間を見るとまだ正午になっていませんでした。7時間ほどでここまで来てしまったのです。恐ろしき集団…

テント場 ちょっと気を緩めるとそこら辺の公園にいる気分になり…ないです

ちょっと休んで光岳へ。非常に裏山臭がするこの山、荷物が無かったこともあり15分足らずで山頂に到達。

今合宿最後の百名山 ユニフォームを着て収まります

光岩は、近くにあった展望台から見えました。疲れていたのでささっと下山。
最後の夕食はクリームマカロニでした(うっ 頭が…)。

今年平和に食べることができました

山の上での最後のコンパを盛大に行い、就寝。

25日 最終日

雨。「夏合宿最終日は雨」という言い伝えはキチンと守れそうです。
長かった夏合宿も最終日。まずは元きた道を易老岳に戻ります。行きに通った道ですが、下りだったので楽でした。

大事な分岐なので二回載せます

最終日はここからが本番。1500m標高が下がるのです。今思えば今年の8月がさほど暑くなくて良かったです。雨具を着ていたので暑かったら悲惨なことになっていたでしょう。坂をひたすら下っていきます。グネグネしていて大変な箇所も多々ありました。中には「ここ崩落箇所じゃない?」と疑いたくなるような場所も。

余裕そうな戸口さんと野呂くん さすがです

為村「天の声が聞こえる!」

下り始めて二時間半…

ついに舗装路が!!

縦走を成し遂げた瞬間です

こうして大きなケガもなく無事に終えることができました。めでたしめでたし。





…とはいきません。なぜなら、タクシーを呼んだ発電所まではまだ6キロあるからです。この入口付近には来ることができないのです。とぼとぼ歩くこと一時間強。正直私的には北岳の次に大変だったような気がします。
ようやく発電所に到着 本当に最後です



―かくして法政ワンゲルは南アルプス縦走を無事に終了した。その後迎えに来たタクシーに乗り飯田にある解散宿泊所へ。道中で秘境と呼べるような集落を発見、その様はさながらマチュ・ピチュのようであった。解散宿泊所で羽根を伸ばした一同は、それぞれ日々の日常へ戻っていった―


ということで、H26年度夏合宿はここに完結です。最後まで読んでいただきありがとうございました!

1 件のコメント:

HOP行った人 さんのコメント...

帰国しました。望月さんが疲れてるって相当ですね。お疲れ様でした。
なんか…私下山したあとのみんなの行動が早すぎて、ワンゲル入って初めて辞めたくなってます、今…(´・_・`)

Copyright © 2007HWV : Hosei Wander Vogel, club. Some rights reserved.